Eタウンクラブ
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前回放送分のEとこどり
ロータリーエンジンに社運を賭けた男「今蘇る松田恒次の魂」
シビれた
「ロータリーエンジン開発は世界約100社が競って、マツダだけが成功したんです。RE開発部のヤル気を奮い立たせ、大金を注ぎ込んだ松田恒次を、天才エンジニア山本健一はプレッシャーとしてではなく、信頼として受け入れた。まさにシビれたんだな。そんな企業が我々の地元に今も残っている。この企業スピリットは、これからもずっと残り続けるだろうね」
コータリ人形
■生誕110周年特別企画。松田恒次ってどんな人?!
東洋工業(現マツダ)の2代目社長、松田恒次(1895〜1970)。それまで三輪自動車メーカーだった東洋工業を4輪自動車メーカーに育て上げ、しかも世界の誰もが成し遂げられなかったロータリーエンジンの開発に心血を注ぎ込むという、その優れた先見性、忍耐力、経営采配は多くの人が認めるところでもあります。時を越えて今も語り継がれる彼の人間像に、2週に渡り迫ります。
「今年は、松田恒次さんの没後35周年にもあたります。財界活動では市民球場建設にも尽力された方です。いやぁ、知れば知るほど面白いですよぉ〜」
「なにせ、自動車産業の激動の黎明期を切り抜けた人だからねぇ」

■REの父、山本健一氏大いに語るPART1
山本健一氏(元マツダ社長、会長)といえば、ロータリーエンジン開発者という、歴史に名を残す偉業を成し遂げた天才エンジニアとして知られていますが、その開発秘話に欠かせないのが松田恒次の存在。開発の命を下したのも彼なら、困難なミッションに挫けそうになる山本さんを実にタイムリーに支え続けたのも彼なのだとか。「バンケル・ロータリー・ピストンエンジン」を開発した西ドイツNSU社との提携交渉から3年後の1963年。恒次が当時設計部に在籍していた山本さんにロータリーエンジン開発を命じたところから物語はスタートします。
「(ロータリーエンジン研究部に入れられて)最初は左遷させられたと思った。周りも社長の道楽の犠牲になったと言うし(笑)」
当時、日本の国際競争力強化の観点から政府は、自動車メーカーを3社程度に再編し、外圧に備えようと画策。その動きを感じ取って危機感を感じた恒次が、企業存続の威信を賭けて打ち出したのがRE開発だったのです。その社長の本気ぶりを目の当たりにし、山本さんも俄然ヤル気に。
「目からウロコが落ちる思いだった。俺に期待と信頼を寄せてくれているんだなぁって」
しかし、世界に先がけてのRE開発がそんなに簡単に行くわけもなく、RE開発部には量産化を阻む難問課題が次々と襲い掛ります。部が発足して2年たった1965年、社創立45周年祝賀会席上で、やや落ち込み気味のRE開発部に喝を入れる事件が発生。つかのまのお祝い気分に浸る山本さんの背後で聴こえたのは「皆、のん気なもんだなぁ。将来の自動車業界は楽じゃないのに」という社長のつぶやき(笑)。
「我に返りましたね。たぶん僕に聞こえるように言ったんだ。ある意味、これは催促だとね」
その夜、山本さんは一睡もせずにあらゆる方策を考え続け、翌朝、メンバー全員に再度の奮起を促します。そして恒次にも2年で必ず開発することを明言。
「すると社長(恒次)はこう言うんだ。『めったな考えでやるべきではない。ほかにもREを研究している会社がある。失敗すると他の人達に迷惑をかけるとせっかくの芽をつぶすことになってしまう。そこで試作車エンジンを全国の販売店に配ってテストしてもらう必要があるのではないか』。僕はシビレたね。これにシビレない技術屋は技術屋じゃないと思う」
そして、1967年。当時のお金で40億円という莫大な開発資金を受けて、REを搭載した世界初の量販車「コスモスポーツ」発売に見事到達するわけです。恒次はこの快挙を見届けるようにその3年後に死去。享年74歳。
「“挑戦精神”“大志”“誇りを与える”これらを備えた経営者と言うのはなかなかいませんよ」
松田恒次の想い出を熱っぽく語る山本さん。
「恒次さんの魂、熱意がどう伝わっていったのか、その経緯がよくわかって感動しました」
「試作車ってのはだいたい今でも1億円はかかるもんなんですよ。それを各販売店で、ということにあるとホントに大変なことだ」
◆松田恒次展/3月13日まで
▽マツダミュージアム 082-252-5050 ▽入場無料
※見学者はマツダ本社で受け付けしています。

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川島キャスターのここだけのはなし
川島キャスター 10年ぶりにカープの沖縄キャンプを観戦してきました。スポーツ現場時代は取材でしたが、今回はカープフロントや監督への表敬訪問が目的です。私がスポーツアナの時代は沖縄キャンプといえばカープの沖縄市(旧コザ市)と日本ハムの名護市のみでしたが現在はキャンプ銀座と化しています。今年一番の注目は久米島の楽天キャンプ。地元関係者によると合併特例債の特典をフルに使い、なんとかキャンプ施設整備が出来たのだとか。話題性ではカープも負けていませんよ。球界初のキャンプインターネット中継(弊社協力)が大盛況!これをどう発展させるか、大きな楽しみがふえました。
《2月12日のEタウン
戦後の広島経済復興の立役者の哲学「今蘇る松田恒次の魂」パート2
Eタウンでは2回に分けて、東洋工業(現マツダ)の2代目社長、松田恒次の人間像に迫ります。1895年生まれの恒次の生誕110周年企画です。
二回目の今週は、ロータリーエンジンの開発に社運を賭けた恒次の経営哲学や人生観について辿ります。恒次の長女と"ロータリーエンジン開発の父"と呼ばれる山本健一元マツダ社長が、恒次の日頃考えていたことをその言葉で語ってくれます。また恒次は「みんなが同じに働こう」と社員に呼びかけ「へだたりのない関係」を築くのに腐心しました。その基本的な考えなどを書き残した著書の中から、現代にも通じる名言至言を紹介し、スケールの大きい人間像に迫ります。
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