ボランティアは誰のもの?

広島アジア競技大会におけるボランティア
取材先
当時 組織委員会内の運営要員課でボランティアの指導・管理・運営をしていた浜本氏(現市企画調整課課長)及び浜本氏の下で選手村・プレスセンターのボランティア運営をしていた中野さん・貞政さんに取材。
データ
期間 平成6年9月18日〜10月19日
人数  延べ 180,100人
  競技運営要員 100,000人
  一般      51,000人
  端末操作     3,800人
  医療        500人
  通訳      17,000人
  運転要員     7,800人

 

アジア大会におけるボランティアの意識
阪神大震災・重油流出のボランティアと決定的に違うのは、スポーツイベントであること。行政が主体となって実施されるこの手のイベントはボランティア無しではやっていけないのが現状。たとえ潤沢な経費があったとしても、プロに任せて運営したのでは何も残らない。市民が手作りで運営されてこそ、その後の都市づくりに生かされる。アジア大会は特に国際都市広島にとってアジアを市民が身近に感じることのできる最大のイベントだった。
学生の参加意識
各大学で掲示し、公募した。特に大学の体育施設を使用する場合はその大学の学生に協力を要請した。公募した時点で一部の大学から就職活動に有利になるという理由で「ボランティア活動証明書」の発行を要請された。(結果的には、全ての学生に発行)組織委員会としては要員確保のために、商工会議所・経済同友会や主だった企業に対して、ボランティア経験のある学生を、採用時に評価するようお願いに回った。組織委員会としては、とにかく大会を成功させなければならず、そのための要員確保は絶対条件だったので人員確保が最優先だった。
ボランティアの質
イベントの性格上、有名選手、興味のある競技が間近で見ることができるという、ミーハー的な気持ち、あるいはIDカードぶら下げ、運営者側であることの「かっこよさ」にひかれてという若者たちも存在していた。つらい仕事、裏方(競技場の外で交通整理)の仕事も割り振らなければならなかったが、対して、やりたいことだけを希望したり、持ち場を離れたりするボランティアの自覚のない人たちにはお引き取り願ったケースもある。
学生の中には当日になって欠席したりというような意識の低い人もいた。いずれも一部の少数派。総体的にみんな熱心なボランティアであった。専門学校の中には、授業の一環に位置づけ参加することが単位取得になるケースもあった。

一般公募のボランティアは非常に熱心な人が多く、割り当てられた仕事以外に主体的に仕事を探し取り組んでいた人たちもいた。
会期を通じて
ボランティア同士のチームワークも良くなりみんな仲間になっていった。閉会式では、涙を流す人たちも見られた。終了後のアンケートによると、約90%の人たちが「やって良かった」という回答を寄せている。 社会参加したことの満足感、充足感か。
浜本氏談
日本のボランティアの問題点
日本にはボランティアをコーディネートする組織がない。それぞれの組織が縦割りで存在しネットワークされていない。欧米では、NPO、ボランティアをコーディネーションする組織が存在している。ボランティアを希望する人たちに、その人の能力にあった場所を紹介するシステムができあがっている。従って人材のミスマッチがない。歴史、宗教の違いか。日本では先日NPO法案が成立せず根本的な解決の道が遠のいた。理由としては、オームのような団体が出てきた場合どうするかということだったが、レアケースを問題にしてはいつまでも前に進まない。
日本と欧米では企業文化に差がある。たとえば、企業としては赤字でもルネッサンス芸術の修復にお金を出し続けるオリベッティ。株主はこの件には文句を言わず支持している。日本では考えられない。
日本には「市民」がいない。市民は、自分の頭で考え、自分の足で行動する。社会の問題を自ら引き受ける。自立した「市民」になっていない。
宗教的に言えば、キリスト教では、神に与えられた職業によって得た富は、神に返す、つまり富の配分をするという考え方がある。
阪神大震災以後、ボランティア組織をネットワークしていく動きがあることはいい傾向だと思う。

戻る / ホーム / 進む