| (ガララッ 横開きの戸が開く音) 八五郎 ごめんよっ。ご隠居、邪魔するぜ。
ご隠居 おや、八っつあん。どうしたね?
八五郎 いや何、じつぁ、こんな紙っきれがへえってたんですがね、ご隠居の前だが、自慢じゃねえが、おいらぁ読み書きゃあとんと苦手でねえ。ご隠居、いつもすまねえが、ちょいと読んでもらいてえんだよ。
ご隠居 八っつあんは相変わらずだねえ。どれどれこっちにお貸し。なになに…。おや、八っつあん、こりゃあ、おまえの妹の、お鶴坊の嫁ぎ先からの手紙じゃないか。根岸にある近江屋さんの寮を建て増しするから、「嫁のお鶴の兄でもあることだし、八五郎さんの腕をみこんでお任せしたい。」、だそうだ。お鶴ちゃんはお前と違って出来がいいからねえ。ここんとこ仕事にあぶれてるお前さんのことを案じて、近江屋さんに頼んでくれたんだろうよ。おや、至急ご足労願いたいとあるよ。八っつあん、この手紙はいつ来たんだい?
八五郎 ええっと、そういやぁ、いつだったけー。えへへ。
ご隠居 これだよ!まったく腕はいいんだがねぇ。さあ、近江屋さんに急いでお行き。お鶴ちゃんにも久しく会ってないんだろ?
八五郎 なんてこったい。
ご隠居 しょうがないねえ。しかしあれだよ、八っつあん。これからの世の中、読み書きそろばんができないと、何かと不自由だ。お前さんも少しはやってみたらどうだね。
八五郎 なあにご隠居。大工に読み書きなんざいらねえよ。俺が世話になった棟梁だって、読み書きは腕の邪魔になるって言ってたんだ。そいじゃ、ご隠居さん、ひとっ走り行ってくらぁ。
(八五郎 駆け出していく足音)
(じょろろろ… お茶を入れる音 一口飲んで)
近江屋 お鶴や。このたびは済まなかったねえ。
お 鶴 おとっつあん、こちらこそ申し訳ありません。せっかくお気遣いいただいたのに。
近江屋 いやいや、お前が気にすることはないんだよ。急ぎのことだったんで、別の棟梁に頼むことになってしまって…。しかし、八五郎さんもすぐに来てくれればいいものを。いい腕をしていなさるのに、もったいないことだよ。
お 鶴 兄はあの通りですから、きっと知らせの手紙もおっくうがって読まなかったんでしょう。こんな事じゃあせっかくのいい仕事を逃してばかり、ということにもなりかねません。確かに兄の言うとおり、腕が良ければ読み書きなんて必要ない、というのも一理あります。でもこれからはきっと読み書きが必要な世の中になってくると思うんです。いまさら寺子屋がよいでもないだろうし、兄はどうすれば良いのでしょう。 |