| 添付録 | 通信今昔物語 | 4 | 執筆者:うみちゃん |
初めての海外交信 その1
開局したときの無線機はトリオのTR−2300というFMのポータブルトランシ
ーバーでした。 その形から別名弁当箱と呼ばれるタイプのショルダー型でしたが、学校
で無線同好会を作り、屋上にアンテナを立てる許可をもらって毎日学校から電波を出して
いました。 無線機を持ち歩くこと自体が誇らしかったんですから、もうここら辺からオ
タク。 学校の標高が高かったので交信相手は広島より愛媛が多かったですね。
高校3年の夏休みに初めて東京に行きました。 晴海の見本市で開催されるアマチュア無
線フェスティバルを見に行ったのです。 今はビッグサイトでやっていますが、たいてい
コミケの翌週にあるので、オタクウイークなんてその近辺では言われてたりして・・
広島ではなかなか手に入らないものが安く出るというので夜行列車で出ていきました。
このときのお目当ては50メガヘルツのSSB無線機。 50メガと言う周波数は夏場に
はとてつもなく飛びます。 アンテナも作るのが簡単で入門雑誌には毎月かならずと言っ
ていいほど50メガ機器の製作記事が出ていました。 当時の一番人気はトリオのTR−
1300。 2300と同じショルダータイプのポータブル機です。 人気機種のためど
のブースにもありましたが高い。 あのころは地方から来たことを強調し、帰りの電車賃
が足りないと言って値切り倒すのがコツでした。 今で言うバルク品。 ビニールパッケ
ージに本体と説明書が入っているだけのものを確か25000円で買いました。 その足
でまた夜行列車に乗ってとんぼ帰り。 今の私には考えられませんが、当時「補習」とい
うものがあったのでいたしかたありません。 電車の寝台で無線局変更申請書を書き、到
着と同時に投函。 3週間後に変更が許可され、50メガデビューしました。 免許がお
りた翌日、学校に無線機を持って行き、仲間に自慢しながらの帰り道のこと。 突然強力
に英語のCQが聞こえ始めました。 「CQDX This is KILO HENRY 2・・・」グアムの局で
した。 (つづく)
99/01/22
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