| 添付録 | 通信今昔物語 | 3 | 執筆者:うみちゃん |
無線局開局
無線従事者の免許を手にした私は、また小遣いを貯めなければいけませんでした。
無線局を開局しなければいけません。 そのためにはまず無線機を買い、無線局の開局申
請をして免許を受ける必要がありました。 このあたりの流れは一般の無線局や放送局と
ほぼ同じ。 ただ、アマチュア局はその方法がいくらか簡易になっています。 当時広島
市内には無線機を扱っている店が数軒ありました。 ダイイチ(現デオデオ)本店、松本
無線パーツ、ハムセンター広島。 新参者は入りにくい専門店を避けてダイイチ地下のパ
ーツ売場でトリオ(現ケンウッド)の144メガヘルツFMトランシーバTR−2300
と開局申請書を購入。 書き方見本などを参考にしながら四苦八苦して申請書を書き上げ
て11月始めに免許申請を行いました。 トランシーバがあっても無線局の免許がないと
電波は出せません。 開局の申請にはまず実際に使う無線機を用意しないといけないと言
うのがなんだか矛盾を感じるところですが、とにかく申請から1ヶ月すぎた昭和54年
12月7日、とうとう無線局免許状が交付されました。 当時の免許は144メガヘルツ
のFMだけ。 出力は1W。
これがすべてのスタートでした。 初めてのQSO(交信)は海田町砂走と言うところに
住んでいた高校生で、話をしているうちに同じ講習会に参加している人だと言うことがわ
かりました。 インターネットのボードと同じでね。 そのうちにどんどん同期生が開局
して仲間が増えていきました。 そして「あの人はどうしたのだろう?」などの話しにな
っていくとそのうちにブレーク(割り込み)が入り、「開局したよー」と挨拶したりして、
お空での同窓会が華やかに行われたものです。 クラスの同級生達が長電話するように毎
日夜中まで「あの無線機はどーだ、このアンテナはこーだ、今日の宿題教えてー」などな
ど、たわいもない話しに花を咲かせていたものです。
99/01/22
| 前回 | インデックス | 次回 | ホーム |