添付録 通信今昔物語 2 執筆者:うみちゃん

電話級アマチュア無線技士

高校に入って私は本格的に受験準備に入りました。 通信というものが全く一般的でなかったため、当然クラスの一部からは異端視されましたが、それでも学年を越えて仲間ができました。 高1の秋、高2の春の2回、学校をさぼって受験。 仲間がいたためか気がゆるんで失敗しました。 しかし、ここであきらめる私ではありません。 秋まで待てない。 じゃどうするべぇか? アマチュア無線への道は1つではなかったのです。
お金はかかりますが、国家試験免除の養成講習会というものがありました。 夏休みに2週間の集中講座。 禁止されているアルバイトをして、学費を稼ぎ
夏休みに毎日江波中学まで通いました。 今思うとねぇ・・あのバイタリティは何だったんだろう? 学校の成績はさっぱりで、白状しちゃいますけど、数学なんか赤点だったんです。 それが無線工学やるんですから、お笑いですねぇ。 
修了試験は四者択一の国家試験と違って記述式。 確か90点くらい取らないと合格にはなりませんでした。 国家試験が60点以上ですから、かなりレベルは高かったと思います。 計算式を全部書かないといけないし、法令も一字一句間違えられない。 講習もかなりハードでした。 
講習会が終わって2週間後。 夏休みも後半に入って合格通知が来ました。 数学で赤点常習者の私が合格できたんです。 舞い上がりましたねぇ。 も、
この世でおれが一番偉いんじゃないかって(^o^) 9月に入り、同期会をかねて免許証の一括申請をすると言うことで再び江波中学へ。 養成講習会受講者には合格後のオリエンテーション参加が義務づけられています。 無線従事者免許の申請をし、昭和54年10月24日付で免許証が交付されました。 二つ折りの緑色をした表紙には「日本国政府」と書かれ、国家資格を取ったことがより誇らしく思えました。 これが私のオタク道のはじまり・・(^^ゞ 
さ、これから「あなたの知らない世界」への扉が開かれます。

99/01/21

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