| 添付録 | 大ちゃん日記 | 80 | 執筆者:大ちゃん |
船旅から
最近、構造不況業種と言うことで、海運や造船があげられている。
元々海に囲まれた、島国の我が国では、船は絶対に必要なものであり
貨物船にしろ旅客船にしろ無ければどうしようもなかったのである。
船は、鉄道と並ぶ大量輸送機関であり、かつては交通機関の花形であった。
それが、外洋航路で飛行機に旅客を取られ、一部の貨物まで取られ、
国内航路では、飛行機、バス、トラックに完全にその地位を奪われてしまった。
こうして航路が縮小され、単価を圧縮され海運業界は衰退の一途をたどることにな
る。
海運業界が衰退すれば、造船業界が影響を受けるのは当たり前のことで、
それでなくても新興国の追い上げが厳しいところへ需要が減って、
かつての基幹産業であった造船業も今は見る影もない。
産業の盛衰は時の流れの中で、どうしようもなく抗い難いものがあるが、
技術も産業に連れて盛衰を繰り返す。
あたかも生物の進化の世界のようである。
廃れてしまった技術の多くは、再び日の目を見ることはあるのだろうか。
技術は、それだけでは決して存立せず、
熟練した技術者と一体となって初めてその存在価値が出てくるものである。
熟練した技術者は、生活が出来て初めてその技術に携わることが出来る。
造船技術だけではない。
操船技術も、人が居なければ伝わっては行かない。
海運日本も、斜陽の中でだんだんとその技術を喪失していくのかも知れない。
これは、単に船に関する技術だけでは無く、
その周辺の製造技術も廃れてしまうと言うことなのだ。
新しい産業のための技術が開発され、
技術そのものが退廃してしまうと言うことはないだろう。
しかし産業の衰退による技術者の扱いがこれほど厳しくなってくると
誰も技術者を目指さなくなる可能性がある。
研究者や、法律家、経済人ばかりが幾ら増えても生産をすることは出来ない。
産業の盛衰は仕方ないものとしても、そこに携わる人たちの扱いをちゃんと出来なけ
れば、
国家の存亡に関わる重大事になりうると言えるだろう。
文化とは、人が生活の中で作るものである。
国は、この辺りをきちんと把握した上で産業政策を摂るべきでは無いだろうか。
99/03/04
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