| 添付録 | なんでもあり記 | 9 | 執筆者:ふかだ |
ヒロシマとアメリカ
アムステルダムの田舎料理屋で巨大パンケーキをつつきながら,数人のオランダ人学生と,なぜか原爆の話しをしていました。「で,日本人は原爆を落としたアメリカ人に怒りを感じているんでしょ?」。私は驚いて「いや,そんな気持ちは全然ないよ。」と言うと,「そう?それはいいことだけど...。」何か拍子抜けをしたような表情をされました。ヒロシマに落とされた原爆の直接の加害者はアメリカです。ヒロシマに住んでいる人なら,アメリカにうらみつらみがあっても不思議ではないと,オランダ人の彼は考えたのでしょう。しかし,私はアメリカをうらむどころか,原爆投下の責任を問おうとすることすら思いつかなかったというのが正直なところでした。
広島の出身ではないのでよく分かりませんが,親戚や友人を原爆で失った人たちが,アメリカに対して何も思わなかったわけはないでしょう。しかし占領以来日本は,圧倒的なアメリカの影響力のもとに置かれてきました。アメリカに原爆投下の責任を問うことは,かつては全くのタブーだったし,今でもそのタブーは生きているのかもしれません。
このタブーのもとでヒロシマが達した結論は,固有名詞抜きの,普遍的な意味での「戦争」が悪かったのだということでした。そしてそこから出てくるのは,平和を求める気持ちであり,これ以上の核被害を防ぐための核廃絶の願いでした。誰もが納得できるすばらしい解答ですが,意地悪く言えば誰も傷つけることのない解決方法でもありました。アメリカの責任に目をつぶったことで,日本の責任からも目をそらしてしまったのです。
ヒロシマは自分の被害だけは言いたてていながら,なぜ自己の責任は問わないのか。この問いに答えるためには,日本の戦争責任を追加してバランスをとるだけで充分なのでしょうか。もうアメリカをうらむこともなくなった今,タブーを取り払って,もう一度原点から考え直すいい機会なのかもしれません。
1998/11/2
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