添付録 大ちゃん日記 22 執筆者:大ちゃん

文化についての一考察から

日本画、遙かな記憶の独自性を表現できたもの。
日本画の良さというのは、日本人の記憶の中にしかないものを余分なものを削ってしまって表現しているところにあると私は思う。
そこでは、日本民族に共有される独自の記憶が先鋭に描かれており、日本画家は純粋にそれのみを表現しようとしているのである。
純粋な記憶の産物と言えるのである。
記憶の中で純粋培養された形。
夢の表現、夢の具現化とも言える。
世代感覚差というのは、共通の経験、例えば、時代を反映する音楽、社会、経済、その他色んなものを、共に持ちながら、時代を送ってきてそして、時代を振り返る時の差異にしか過ぎない。
その時に感じる共通の記憶の多寡によるところが多い。
それこそが、世代間格差というものであるだろうしそれ以上のものではないであろう。
その中で、時代を超えて共有されるもの。
それこそが、民族性と言われるものなのではないだろうか。
大和民族としての血のつながり。
それは、色々な血が混ざりつつも、この土地に根ざして、育て上げられたものである。
この土地にしか育ち得なかったもの。
文化、文明と呼ばれる時代を超えた存在感そのものである。
それは、何と、特定できるものではない。
存在感そのものだから。
それが、共有できるもの、すなわち文化なのだ。
文化の特質は、記憶のみではないところにある。
記憶を土台に、前へ、より新しいものへと前進する力であり続けなければならない。
そこにこそ、伝統の大切さがある。
伝統の中にのみ文化は存在する。
何もないところに突如として文化は出現しない。
文化は作るものではなく、できあがるものなのだ。

1998/12/31

前回 インデックス 次回 感想はこちらへ ホーム