| 添付録 | 大ちゃん日記 | 18 | 執筆者:大ちゃん |
ルールについて
4時になって禁煙タイムの放送があります。
丁度今終わったところですが、この放送が有ってからでも、喫煙をする人が結構居ま
す。
この放送が聞こえなかったのか、無視しているのか、どちらにしても、良い根性で
す。
こういう人たちは注意しても多分止めることはありません。
禁煙タイムなどどこ吹く風という感じで吸い続けます。
喫煙については、皆、かなり寛容になっていると思っているのでしょうか。
実は、そんなことはないのですけどね。
彼らは、ルールを破っていることの恥ずかしさというものを感じていないのです。
恥じると言うことを忘れています。
他のルールは、結構守られているのにです。
これは、どういうことなのでしょう。
ルールを守ると言うことが、自制の中で行われるのではなく、義務の中で行われてい
るからそう言うことになるのです。
法律にも、有るだけで何も守られていないものもあります。
みんなが守らず、無視できる状態の中では、自制でないため、破ってしまうのでしょ
う。
そしてそこには、良心の痛みは存在しないのです。
人は皆、一体何を基準にして生活をしているのでしょうか。
自分の生活を基盤にしてその尺度で判断しているのは間違いないのですが、その時
に、法律や、ルール、お願いと言ったものは、どのように判断されているのでしょ
う。
これらについては、自分も勝手な判断で結構やりたい放題をしていますから、大きな
事は言えません。
しかし、自分の場合は、こういう理由でこの様な行動に出ていますと言う説明が出来
ます。
そして、間違っていた場合は、素直にごめんなさい、と言います。
ところが、間違いを指摘されて、自分でも多分判っていると思うのに、絶対に間違い
を認めない人が居ます。
彼らは、ごめんなさいというのは、恥だと思っているのです。
自分は間違ったことはしていないと言う自信の中で生活をしているのなら良いのです
が、間違っていると気づきながら、それを認めるのが怖くて決して認めようとしな
い。
彼らは、そこを突破口として、自分の城が崩されると思っているのです。
自分に弱みを持つのが嫌なだけなのです。
だから、彼らは、それを回避するために人を陥れることも平気でします。
自分さえ恥をかかなければ、その為に誰が泣いても、それは知ったことではない。
そう言った厚顔無恥な、破廉恥な連中が、世の中に氾濫しているのです。
これが、一番気を付けなければいけない、注意していなければならないことなので
す。
そして、一番被害に遭うのは、実は、誰にとっても職場が多いのです。
考えてみたら、足の引っ張り合いというのでしょうか。
寂しい世の中です。
こういった話題は、今後無しにしましょう。
矢張り、明るい話題で無いとね。
1998/12/6
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