| 添付録 | 大ちゃん日記 | 13 | 執筆者:大ちゃん |
取り留めのない話
自分の考え方ってどちらかというと堅いのかな。
子供に聞いたら、”大ちゃん日記”なんて読む気にもならないそうだ。
だいたい日記などと言うネーミングがとんでもないことらしい。
それだけで、自慰行為が見え見えだというのだ。
最も、外れていないだけに反論の仕様もないのだが、一顧の価値もないとすれば、何のために時間を割いているのか判らなくなってしまう。
どうやら、宣伝の必要がありそうだ。
でも、こうやって書くというのも、もしかしたら、と言う楽しみがあるからで、宣伝をして読んで貰うのなら、ホームページでも作ればいいことだ。
どんな人が来るのか判らない場所だから、それはそれで面白いのだ。
先日こんな事があった。
もうどこのホームページにコメントをしたのか忘れてしまったが、写真のページに、何か面白い写真はないだろうかとコメントしておいたのだが、突然誰ともしれない方から、変わった写真が”こんなものがありますよ”と言うコメントと共に飛び込んできたのだ。
”かに”と命名されたその写真は、どうも、今まで見たことのないものだ。
変わったものだなと思って覗いてみると、動物に見えるものを集めた写真集と言うことで、擬態動物園園長さんのホームページであった。
いろんな人のホームページにコメントを書くというのは、思わぬ収穫がある。
今まで、この方法で、何人かのメールのやりとりをさせて貰う方と知り合えました。
しかも、同好の人なので長続きしています。
最初は年など判りませんから、どんどんと話を進めていきますが、年が判ってびっくりすることがあります。
と言うのも、この頃の若い人で、ごく希にですが、ずいぶんと物事を深く考える人が居て、知識も深く、それに基づいて考えることもしっかりしているのです。
知識の深さと知恵の深さは必ずしも比例しないものです。
むしろ、知識だけが有り余っている人のほうが数多いのではないでしょうか。
最近の若い人、いや、むしろもう日本人全般に言えることだと思いますが、その有り余る知識を有効に利用できる人は、かなり少ないのではないかと思います。
そんな中で、話の上手な若い人に出会うと、本当にびくっとしてしまいます。
ホームページや、メールマガジンを出そうかという人は、やはりかなり勉強されているのですね。
しかも、殆ど寝ていない状態のようです。
とりとめない話になりましたが、最近の若い人たちには、いろんなチャンスが有るなと感心したことでした。
1998/11/28
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