添付録 大ちゃん日記 11 執筆者:大ちゃん

青森への手紙から

青森というと、昔三沢に行ったことがあります。
あの時は、冷害の酷かった年で、米不足で緊急輸入したときです。
確か4年前でしたか。
飛行機から見下ろすと、綺麗に区画整理された圃場に稲が刈り入れられずに立ったままでした。
上からは解りませんでしたが、列車で岩手の方に三陸側を走ると穂まで真っ直ぐに立ったままの稲田が、何処までも続いていました。
岩手でも、トウモロコシ畑までが、空の実をつけていました。
本当に酷い年でした。
それなのに、緊急輸入されたタイ米は口に合わないとか言われ、袋ごと捨てられたり腐らされたりした。
タイでは、米が急騰して、餓死者まで出たというのに。
今の日本は、どこかが間違っているのです。
確かに金があるから、買えばいいと言う論理も成り立つかも知れない。
買ったものをどのようにしようと買ったものの自由だというのも一理あるのかも知れない。
でも、ひとたび船が止まれば、日本はどうなるでしょう。
燃料も、食料も、原料も入ってこない。
もちろん日本から輸出することもできない。
一億二千万の人間は、為すすべもなく右往左往しなければならないのです。
第二次世界大戦は、これと似た状況の下で、軍が暴走して始められた。
あの時は、燃料(石油)と軍艦の総トン数と言うことになっていると思いますが、
何時の時代も、ものは変わっても、時代が必要とするものは必ずあります。
一部の金持ちであるか、国民全体であるかと言うことは、余り関係がありません。
その心構えの問題です。
一寸妙な話になりました。
あの、東北の大冷害を目の当たりにして、私は、今の日本国民の心構えを何とかして
おかないと、何時か、どうにもならない事態に追い込まれる危険性を強く感じたのです。
まあ、この話はなかったことにして下さい。
こんな話を一度にしたって誰も聞いてくれないのは、よく解っていますから。
ただ、この飽食などと言われる日本で食べ物が粗末に扱われている現状に、
私はどうしても我慢が出来ません。
食べ物を粗末にするところに学問は育たないと考えるからです。
学問は、生活向上のためにあるべきだと思っています。
生活とは、文化そのものだと思っています。
文化は、新しい文明の基礎となります。
生活のしっかりしていないところには、文明は発達しません。
今、時代は何を残しているのでしょうね。

1998/11/22

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