添付録 大ちゃん日記 8 執筆者:大ちゃん

11月17日の日記から

この頃特に、いつも記事を書いている人というのは、偉いと思う。
こうして、機械に向かって一人キーを叩くというのは、
留守番電話にメッセージを入れる作業によく似て、何となく味気ないのだ。
これが、友人とのディスカッションであるとか、そうでなくとも、
電話での話で有れば、何となく話が前に進んでいくものなのだ。
特に何かテーマとか、題材があって書くときには、そうでもないのだが、
何もなくて筆を進めるのは、少し苦痛である。
まずテーマを見つければ、それが一番良いのだろうが、文章を仕上げる毎にそのテーマが、
一つ一つ潰されて行くわけだから、新しいテーマを拾う作業が必要になってくる。
今までの生活の中から、拾い上げてと思ったものの、
悲しいかな、どれもこれもが題材になると言うものでもない。
こうして書いてみて確認できたことが一つある。
書き手というのは、全てをさらけ出さなければならないと言うことなのだ。
中途半端に発表しようなんて考えていると、あれもだめ、
これもだめと言うことになって何も書けなくなってしまう。
自分をさらけ出すことの難しさをこの作業を通じて思い切り知らされた。
早い話が、自分は単なる”ええかっこし”なのであって、
自分は陰に隠しておいて何かをものにしようとしている。
兎に角出来るだけ自分を隠して最低限で表現したいという
根性が丸見えになってきて、文章がとぎれてしまう。
自分の意識するところを、人に伝えようなどと言うことが、そもそも間違いなのかもしれない。
良い文章を書こう等と思うから、止まってしまうのだ。
今日有ったことの断片を一つ一つ落としていく作業が
結局筆を進めていく作業に結びつくことになるのだろう。
徒然草の作者が、毎日一体何をしようとしていたのか。
一日の過ごし方のモデルが、ここにもあるような気がする。

1998/11/21

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