街の街路樹も葉を落とし始める頃、その事件は起きた。赤井陽介容疑者 58 は、ごくありふれた会社員で、妻と父親とともに西区の新興住宅地に住んでいた。2人の子どもはすでに別居、子ども達の仕事は順調で小遣いさえくれている。陽介の母親が1年前にガンで亡くなったことをのぞけば、何か問題があるようには思えない家庭で、近所に住む住人も口を揃えてこう言っている。
「赤井さんは、ほんとに父親思いのいい方でね」
「お父さんの忠介さんも厳しいながらいい人ですよ。毎朝、このあたりの道のゴミ拾いはみんな忠介さんがしてらしたんだから」
近所の人たちの証言によると、父親の忠介 81 は、大正生まれ。大柄で厳格な性格でかつては近所の子どもたちをよく叱りとばしていたという。それでも彼が近所の人間に人気があったのは、かつて教師をしていたことと、そのまじめな性格からだ。
その忠介が姿を表さなくなってから半年がたつ。近所の主婦たちは、体調がすぐれないのではないかと心配したが、赤井陽介容疑者やその妻美佐子は、何かとそのことをはぐらかした。
忠介の死亡がとどけられたのが先月10月の終わり。死体はとても綺麗な状態で、一見しただけでは殺人が行われた形跡はなにもなかった。家族の証言では
「朝目が覚めると、ベットの上でつめたくなっていました」
ということで、死因ははじめ「心不全」と判断された。しかし、首のまわりにかすかに残った圧迫痕をみつけた医師が司法解剖を要求したところ、死因は喉をヒモ上のものでしめられたことだと断定された。
家宅捜査で大量の紙おむつが発見され、忠介は9ヶ月前から徐々に介護が必要になっていたことが判明した。妻美佐子は半年前からひどい腰痛で通院していたこともわかり、陽介のパソコンには、おびただしい介護のデータがつまっていた。
検察ではこれを介護苦を動機とした殺人事件としてバーチャル裁判所に起訴した。